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福岡高等裁判所 昭和24年(ネ)172号 判決

福岡市上新川端町七十九番地同番地の一同所百四十五番地百四十六番地二百十二番地の一所在木造スレート葺平屋建二号住宅一棟建坪三〇、六五平方米の家屋が控訴人の所有であることを確認する。

訴訟費用は第一、二審(附帶控訴を含む。)とも被控訴人の負担とする。

二、事  実

控訴代理人は主文第二乃至第四項(但し第四項中ことわり書きを除く。)同旨の判決並びに附帶控訴につき第一項同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに附帶控訴として「原判決中訴訟費用に関する部分を取消す。訴訟費用は第一審の分も控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出援用認否は、

控訴代理人において「(一)昭和二十一年八月頃控訴人は被控訴人との間に、福岡市内に適当な敷地を共同して物色した上、それぞれ右地上に家屋を隣接して建築し、そこに各自居住して苦楽をともにした在満時代の往時を忘れず、将来協力互助すべきことを誓つたのであつた。かくて敷地共同物色は被控訴人によつて実現され、同年十二月被控訴人において訴外武石商事株式会社から本件二戸建一棟の敷地四十三坪四合を借地することに成功したので、ここに両者協議の結果、右地上に一戸あて建坪約十坪の二戸建一棟を建築することに決定し、左側の一戸を控訴人の所有とし、右側の一戸を被控訴人の所有とすることに協定した。ところで、敷地の借地人が被控訴人の単独名義でもあり、且つ当時控訴人は郷里の佐賀県に居住していて建築の実務に常時たずさわり難い事情にあつた関係上、建築許可の申請及び請負契約の締結等はあげて被控訴人に依頼したわけであつて、原審で主張の金三万六千円は、控訴人の所有となるべき左側一戸の建築費等として被控訴人に交付したものであり、左側一戸が昭和二十二年一月末頃完工したので、二月一日控訴人はそこに入居して古物商を営み、現在に至つているのである。(二)本件二戸建一棟について、昭和二十三年十二月十四日訴外鈴木フサ子のための所有権保存登記がなされている事実は認めるけれども、左側の一戸すなわち本件家屋についての被控訴人と右訴外人間の売買の事実は、これを否認する。被控訴人が同訴外人に売渡したのは、右側の一戸すなわち被控訴人が建築した同人所有の家屋だけである。(三)控訴人の所有であることの確認を、求める左側の一戸すなわち本件家屋の建坪は、九坪二合五勺であり、右側の一戸すなわちさきに被控訴人が居住していた家屋の建坪は、十一坪七合五勺である。」と述べた。<立証省略>

被控訴代理人において「控訴人の右(一)の主張は、請求の基礎に変更のある請求原因の変更であるから許されるべきではない。殊に控訴審においては、なお更ら許されるべきではない。

すなわち、控訴人は原審においては本件家屋につき被控訴人からの承継取得を主張しながら、当審に至り原始取得を主張するのであるから明かに基礎に変更のある場合に該当する。なお、登記手続は登記名義人に対してのみ請求できるのであり、この理は所有権の確認を求める場合にも同様であつて、登記名義人でない被控訴人を相手方とする本訴確認請求は、法律上の利益がない。」と述べた外、いずれも原判決書当該摘示と同一であるから、これをここに引用する。<立証省略>

三、理  由

先ず被控訴人の「原判決中訴訟費用に関する部分を取消す。訴訟費用は第一審の分も控訴人の負担とする。」との趣旨の附帶控訴の適否について、判断する。原判決が控訴人の請求を全部排斥しながら、訴訟費用について民事訴訟法第九十条、第九十一条に則り、その全部を被控訴人の負担としたので、被控訴人から右附帶控訴に及んだものであるが、本案については被控訴人において全部勝訴しているのであるから、これに対しては上訴の余地はなく、従つて本件附帶控訴は訴訟費用の裁判のみに対する独立の控訴であつて、その許されないことは同法第三百六十一条の規定により明白である。主文第一項のとおり却下するゆえんである。

ついで控訴人の控訴に基き、本案について検討する。

被控訴人が昭和二十一年十二月本件家屋一戸を含む二戸建一棟の敷地四十三坪四合を訴外武石商事株式会社から賃借し、同月二十四日頃当局に対し右地上に家屋建築の許可申請をなし、且つその頃訴外山根音祐等との間に建築請負契約をなした事実、右建築に関連してその頃控訴人から被控訴人に対し数回に合計金三万六千円の金員が交付(交付の趣旨及び日時を除く。)された事実、右二戸建一棟の家屋が完工しその左側の一戸の本件家屋に控訴人が入居(入居の日時を除く。)し古物商を営んで現在に至つている事実、本件家屋一戸を含む右二戸建一棟の家屋につき、訴外鈴木フサ子において被控訴人から買受けたとして、昭和二十三年十二月十四日(本訴の提起は同年五月二十四日)右訴外人のための所有権保存登記が経由されている事実、及び被控訴人が本件家屋一戸は右訴外鈴木の所有であるとして控訴人のこれに対する所有権を否認している事実は、いずれも当事者間に争がない。

かくて本件の争点は、本件家屋一戸はもともと控訴人の所有であるか、それとも被控訴人の所有であり、それが右訴外鈴木に承継されたものであるかどうかの一点に存する。

しかして原審証人江下綾子、宮原治四郎、当審証人石川正義、堤幸蔵、原審並びに当審における証人川副琢一、控訴人本人江下徳次の各供述原審における被控訴人園田秀一の本人尋問の結果の一部及び成立に争のない甲第二、三号証の各一、二によれば、つぎのような事実を認めることができる。

今次終戦後の苦難時代、奉天で知り合い、それが同郷の関係で友誼をひとしお深めるに至つた控訴人と被控訴人は、内地引揚げの苦しみをも共にし、帰国後再会するや、昭和二十一年八月頃改めて生活の建直しについて相談し、お互の生活の地を福岡市に求め、同市内に適当な敷地を共同して物色した上、右地上にそれぞれ家屋を建築して居住し、以つて苦楽を共にした在満時代の友誼を忘れず、将来の協力と互助を誓つた間柄であつた。かくて敷地の物色については被控訴人の努力によつて、同年十二月被控訴人において訴外武石商事株式会社から本件家屋一戸を含む二戸建一棟の敷地四十三坪四合を賃借することに成功し、ここに両者協議の結果、右敷地の関係上両者各一棟所有の家屋を二棟建築するのに代え、一戸あて建坪約十坪の二戸建一棟を建築し、左側の一戸を控訴人の所有に、そして右側の一戸を被控訴人の所有にそれぞれ割当てることにしたのであつた。

ところで、敷地の賃借人が被控訴人の単独名義でもあり、且つ当時控訴人は佐賀県の郷里に一時身を置いていて、福岡市において常時建築の実務にたずさわることのできない事情にあつたため、当局に対する建築許可申請の手続及び業者との建築請負契約の締結等の実務はあげて被控訴人に依頼したわけであつて、建築許可申請の手続をしたときから翌年の昭和二十二年一月中旬頃までの間に四回にわたつて、控訴人が被控訴人に交付した合計金三万六千円の金員は、完工のあかつきは控訴人の所有として割当てられていた左側の一戸の建築費等として出金したものであり、右建築家屋は昭和二十二年一月末頃完工したので、二月一日頃控訴人においてその所有に帰した左側一戸の本件家屋に入居し、店舗を整えて古物商を始め、その頃被控訴人も右側一戸に入居したのであつた。ところが、被控訴人はその計画していた飲食店業が禁止令で営業不能となり、他の商売の資金にも窮して生活の困難に追い込まれたためでもあろうか、従前の友誼を裏切り、控訴人に対して同人居住の左側一戸の本件家屋をも被控訴人において建築したもので、二戸建一棟は全部被控訴人の単独所有であり、且つ控訴人出金の前記金三万六千円は、控訴人の建築費として交付を受けたものではなくて、二戸建一棟に対する被控訴人の建築費として控訴人から借受けたものであると主張して、左側一戸に対する家賃を要求し、家賃を月金千五百円と計算して右金三万六千円を今後の家賃に繰入れる旨強弁してやまなかつたので、ともかくも控訴人としては右金三万六千円に対する自己の権利を確保証明する必要上、被控訴人において控訴人から金三万六千円の交付を受けていることの受取証の意味で、被控訴人から甲第一号証(昭和二十二年一月附の金三万六千円の借用書)の交付を受けたものであり、又乙第八号証の家賃領收書は被控訴人においてその主張の証明に供しようとの底意の下に勝手に作成したものであつて、控訴人の関知したものではない。

原審並びに当審における証人古賀頼蔵、被控訴人本人園田秀一、当審証人鈴木幸三郎、古賀ツタヱの各供述中、右認定に反する部分は信用できないし、その他にはこれを左右するに足る証拠はない。

さすれば、左側一戸の本件家屋は控訴人の所有であつて、被控訴人としては右所有関係に全く無縁のものであるから、よしやその主張のように被控訴人においてこれを右側の一戸と共に訴外鈴木フサ子に売渡し、右訴外人において所有権保存登記をなしたればとて、右登記は権利の実体関係を伴わない架空の登記であり、控訴人の右所有権にはいささかの消長もないものといわなければならない。従つて、前記のように本件家屋は右訴外鈴木の所有であるとして、これに対する控訴人の所有権を否認する被控訴人に対し、所有権の確認を求める控訴人の本訴請求は正当であると断ぜざるを得ない。

ところで、被控訴代理人は「登記手続は登記名義人に対してのみ請求できるのであり、この理は所有権の確認を求める場合も同様であつて、登記名義人でない被控訴人を相手方とする本訴確認請求は、法律上の利益がない。」と主張する。しかしながら、所有権確認の訴は登記手続を請求する訴の場合とは異り、必ずしも登記名義人を相手方とすることを要するものではなく、又当該目的物に対し自己の所有権を主張して、これに対する原告の所有権を否認する場合にのみ限定すべきものでもない。けだし確認訴訟の被告が原告の所有権を否認する結果、原告の所有者たるの地位に何らかの不利益を生ずる場合においては、原告としてその所有権の確認を求める必要が生ずるのであり、被告が当該目的物に対する原告の所有権を否定して訴外人の所有であると主張する場合においても、原告の所有権を否認する一態様に外ならないのであるから、その理を異にすべきではない。これを本件についてみると、前記のように、訴外鈴木フサ子が被控訴人から買受けたとして、当時未登記の建物であつたところから、本訴提起後の昭和二十三年十二月十四日右訴外人のための所有権保存登記をなしたものであり、又右訴外人から控訴人に対し本件家屋明渡請求の別訴が提起されていることは、当裁判所に顕著な事実であるから、被控訴人が本訴において右訴外鈴木の所有であるとして、本件家屋に対する控訴人の所有権を否認する結果、控訴人の所有者たるの地位に不利益を生ずることきわめて明白であるといわなければならない。被控訴代理人の前記主張は到底排斥の外はない。

つぎに、請求の基礎に変更があるとの被控訴代理人の主張について、その理由のないゆえんを説明する。

原判決書事実摘示によれば「建築完工の上は控訴人に半分の所有権を譲渡し、且つそれを引渡す旨の契約をした。ヽヽヽヽ控訴人が昭和二十二年二月一日左側の一戸に入居したのは、同日控訴人において被控訴人から左側一戸の所有権の譲渡及び引渡を受けたからである。」との判旨があり、あたかも控訴人において被控訴人から本件家屋を承継取得した旨主張しているもののようであり、又原判決書理由の記載によれば、そのように認定しているのであるが、原判文を熟読すれば「控訴人は昭和二十一年八月頃被控訴人との間に、共同出資によつて二戸建家屋を建築し、各一戸をそれぞれ所有する旨の契約をした。」という点が、本件事案に対する控訴人主張の基盤的事実であり、この基盤的事実から必然的に流れ出るべき事実は「建築完工の上は、控訴人において家屋の半分の割当を受ける旨の契約をした。そして控訴人が昭和二十二年二月一日左側の一戸に入居したのは、右一戸を控訴人の所有として割当を受けることに協定が成立したからである。」ということでなければならない。原判文に控訴人の主張として「譲渡且つ引渡」とあるのは、単に陳述の形式において用語の注意に周到を欠いたまでのことであつて、控訴人が完工家屋についての各所有部分の割当」の意味を主張するの真意は、右基盤的事実及び原審弁論の全趣旨上、首尾一貫してその主張の裡に顕れているものと解さるるのである。すなわち原審においても控訴人の主張の真意は、本件家屋についての原始取得にあつたものと解さるるのである。もつとも原審最終口頭弁論期日において被控訴人が「訴外鈴木フサ子において昭和二十三年十二月十四日所有権保存登記をなし、現在被控訴人の所有名義になつていないから、被控訴人に対し所有権確認及び所有権移転登記を求める控訴人の本訴請求は失当である。」との趣旨の追加抗弁を提出した以前にあつては、右「譲渡且つ引渡」という陳述形式は、よしや用語の注意に周到を欠くうらみはあつたとしても、事案終局の判断に影響がなかつたわけであるが(このことは、原判決書の理由に示された原審の判断によつても明白であろう。)、被控訴人が右追加抗弁を提出した際に、控訴人としては事の正確を期する意味で、「譲渡且つ引渡」という陳述形式を「割当」と改訂すべきであつたのである。控訴人の当審における主張の変更は、それを当審に至つて改訂したまでのことであつて、請求原因の変更というほどのものではなく、よしや請求原因の変更であるとしても、本訴においては、所有権の確認を、求めることが請求の基礎であるから、目的物についての所有権の取得について、承継取得を原始取得に改めたからとて、請求の基礎に変更のあるものでもなく、又それによつて訴訟手続を遅滞させていない。なおそのような請求原因の変更は、控訴審においても許されることはいうまでもない。

よつて、被控訴人に対し本件家屋についての所有権の確認を求める控訴人の本訴請求を排斥した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 小野謙次郎 桑原国朝 足立勝義)

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